ゆで太郎さんの物語

元恋人は付き合っていた頃「魚河岸」という鮨屋に勤めていて、

わたしの周りの人たちに「魚河岸さん」とよばれていた。

先日連絡が来て、現在無職で相変わらず道に迷っているという。

職を探してやった。

 

「まずお前はこの「ゆで太郎」なるそば屋に就職する。

友人と久しぶりの再会をした際は、

「お前、今なにやってんの?」などと聞かれるであろうから、

「俺?麺ゆでてる。」とこたえるのだ。「そばを打っている。」などとまるでそば職人であるかのような虚勢をはるなよ。

周りの人たちからの愛称は「ゆで太郎さん」だ。

・・・それだけでは貯金が出来んな。

だから休日はこの「㈱ヨシ××」で塗装工助手のアルバイトをしたまえ。

お前と名前が同じ会社であるから、おまえはいよいよ本名で呼んでもらえるであろう。

そして社会的地位のはしくれを確立して調子にのったお前は若いお姉ちゃんに恋をする。

そしてわたしなど忘れておめおめと生き抜くのだ。」

 

「・・・お前の勝手に作った物語で嫌味を言われたくない。」

昔から別れた女の対応といえば無視か嫌味かの2択と相場は決まっている。人生設計を組み込んだちょっと笑える物語仕立てにしてやったんだ。

生きていかなきゃならんのだよ。

 

がんばれや。

 

「おさみしくなぞないわ。」

山岸先生の名作「日出る処の天子」の聖徳太子の台詞だ。

魂の同性愛で不義の間柄の恋する毛氏に、

「おさみしくはないですか。」ときかれてこう答える。

太子は霊的な力を持っていて、それを恐れた母から愛されていない。

そんでもって家族から阻害され、ひとりぽつーん。

そんな太子に「おさみしくはないですか。」

 

・・・バカかお前。鈍感にもほどがあるぞ。

そんな鈍感馬鹿を愛しているとは太子もさぞ切なかろう。

 

会社で唯一お知らせの張り紙を作る仕事が毎月ある。

季節の絵柄で飾っている。

ほとんど数字とか社会的手続きとかばかりしてるから、

わたしのひそかな楽しみとなっている。

「今月はクリスマスバージョンだ、どうだ、ムーディーであろう。」

「・・・北林さん、さみしくならないですか。」

 

「バカか、おさみしくなぞないわ!」